さすらい人の夜の歌(冬の旅)
制作 さすらい人 2001〜
一 人 者 の 子 守 歌
ひとは死ぬときゃね 何も持たねえよ
生きていたときにも 何もなかった
せめて死ぬときゃよ 嘘でもいいから
希望いだいて目を閉じたい ああ 閉じたい
俺が死ぬときゃね 何も持てねえよ
女房一人さえも 持てなかった
せめて死ぬときゃよ 夢でもいいから
やさし腕の中で死にたい ああ 死にたい
俺は一人 酒を飲む 夜は長い 溜息ばかり
1979.10.
無 題
羽化のイメージは 飛び去り行く希望と結び付く
大空にきらめき乱舞する 希望の様々なイメージは
俺の足元から舞い上がりながら
俺の視界の中にいながら
決して手ごたえのないところで 華やかに遊泳する
さしずめ俺は さなぎのからだ
いやそれより悪い
俺の中の絶望は 未だに羽化しないで しっかりと眠っている
1982.3/6
ノ ッ ク
このごろいつも待ちのぞんでいるものが ドアのノックだ
絶え間なく訪れる友のあった若い日は
ノックのことなど考えはしなかった
時たま女友達が訪ねてきたころも
ノックをノックとして待ちのぞみはしなかった
訪れるものなどありはしなくなった今初めて
ノックの音が恋しくなった
何故かやたらに 愛を思うようになった
198?.3.27.
悲 し み の 履 歴 書
T
悲しみの履歴書を書き続けている人
どこかにいませんか
しゃべらなくてもいいから お話ししましょう
お互い苦労しますね
楽しみは 間違いなく終わるのに
悲しみばかりは ゴールインしてもゴールインしても
まだ先にゴールがあるのですからね
悲しみはなぜ 楽しみごとのように
やすやすととどめをさせないのでしょうね
あぐらをかいていなおれば逃げ出すかといえば
いっしょに 差し向かえで 座り込みをやらかしてしまう
憎みきれないやつではあるのですが
U
久しぶりに会う相手は大抵 僕がふとったという
なにね 苦労が多いものでして・・・・・・
苦労が多ければ やせるんだろうと笑われる
それはそうだと ぼくも笑う
しかしね 具合の悪いことに 悲しみのやつが
だいぶ前から 僕の腹の中に住みついていて
一日一日と成長を続けているのですよ
と僕は 耳の後ろあたりで そっと 言う
何しろ 悲しみのやつの栄養は 毎日たくさんとっている 太るわけだ
それにしても悲しみのやつ このまま成長を続けたら
そこから何が生まれるのだろう
心臓あたりから好奇心のやつが
身を乗り出して下をのぞいている
V
もう 生きるのに疲れました
ということを言っても仕方のないこと
疲れようが疲れまいが
悲しみのやつは居る
当分出ていく気もないのだから
198?.3/27
道
帰り道がなくなって久しい
むろん 道はある いつもと同じに
住みかはある 彼女が通ってきたころと同じように
パンやの娘もタバコやの旦那も
道行く人はかわってはいない
すべてが昔通り
けれど 僕の心の中の帰り道はなくなってしまった
足にまかせておけば僕は 部屋の中で
ちゃんと昨日と同じ恰好で座っている
いつのまにか 米を洗い 風呂をわかしてさえいる
けれど 帰り道はなくなってしまった
僕の住みかは 過去へと逃げてしまった
そして 右のものを左に移し 左のものを右に移す
そのことを毎日続けるためだけに
僕の肉体は ここにある
198?.3/27
夢
毎夜 私の見る楽しい夢
もう 夢を見ることなく
このまま息たえ
二度と目覚めることがない
今が最高の瞬間
と
そんな楽しい夢を
毎晩見ることの悲しさ
1988/9
君 は 今 も
「行って来ます。」と言って
君は ちょいとその辺までとばかりと出かけ
本当に行ってしまった
十年僕は待った ソルベーグのように待った
「ただいま。」と 一体どこで言ったのだろう 君は
それとも どこで「ただいま。」とも言えず
君は 今も
どこかの町をさまよっているのだろうか
あてもなく ひとりぼっちで
心の中の冷たい風に吹かれながら
マッチの火のようなつかのまのあたたかさを求めて
人から人へと
そして 僕もまた
どこへ出かけることもなく
あてもなく ひとりで
「ただいま。」を待ち続けることだろう
心の中の冷たい風に吹かれながら
マッチの火をともして
いつまでも
89/8/13
遊 び
愛しあった人に裏切られた悲しみ
愛しあった人が愛を見失った悲しみ
愛しあった人に心の通じない悲しみ
愛しあった人の近くにいられない悲しみ
愛しあった人とのすばらしい思い出の数々ある悲しみ
愛し会った人の必要なときそばにいられなかった悲しみ
愛しあった人を待ち続けた結果離れてしまった悲しみ
愛しあった人に去られ独りぼっちの悲しみ
愛しあった人がいないままこれまでの暮らしを続ける悲しみ
愛しあった人が今も愛を求め救いのない生活をしている悲しみ
愛しあった人の不幸を見ていなければならない悲しみ
どれが一番悲しいかと
一晩じゅう悲しみを転がして遊んでみた
悲しみがビリヤードのたまのように転がりぶつかりはじきあい・・・
最後に
愛しあった人が今も愛を求め救いのない生活をしている悲しみが残った
1989/8/28
列 車
西から発した僕の列車と 東から発したあなたの列車
東京でであった二つの列車は
しばらく寄り添い合いながら進んだ
やがて一つに連結されるはずだった
そのまま N駅を通りすぎ M駅に停車すると
しばらく動かなかったあなたの列車は
停車中の僕の列車をそのままに いつの間にか迷走を始めた
僕の幸せとあなたのの安らぎを一緒に積んだまま
列車は後ろを振り返らない
つぎつぎとあちこちの列車に あなたの列車はついたり離れたりして
いつしか僕の視野から消えた
そうして 月日が過ぎた
僕の列車は相変らず停車したまま あなたの列車を待ち続ける
列車の首は回らない ただ あなたの気配を感じるしかないまま
あなたの列車が再び姿を見せたとき
あなたの列車には いくつもの車両がくっついていた
空っぽの僕の列車とあなたの列車は しばらくの間
近づいたり離れたりもつれ合いを繰り返した
いま 再び あなたの列車が迷走の歩みを見せ始めたとき
僕は気付いた
あなたの列車にも 僕の列車にも運転士などいないことを
線路のない軌道であることを
僕らの列車は何処へ向かっていくだろう
ただ走り続けるだけか
わからないままに 僕はたった一人
座席に座り続ける
1989/9/5
ささやかな出逢い
僕の住みかのすぐ前に 自動販売機がある
昼間や夕方ばかりではない
真夜中でも ほんの時たま コツンと音が聞こえる
ああ また誰かが 何か買ったなと思う
たまに訪れる人間の気配だ
尋ねてくるものとてない安マンションの中で
いつも独りポツンといる僕には
コツンというその音が たった一つの人間との出逢いの瞬間だ
あの音だけが 僕と人間をつないでいるささやかな糸だ
独り座ったまま 僕はそう考える
コツン 今夜もまた ささやかな人の訪れの音に
感動するでも無し がっかりするでもなく
僕は 聞き耳を立てる
さうして なんにちも訪れのない晩 とうとう僕は
外に出て 自分で 自動販売機の前に立った
ただ コツンという音を立てるためだけに
89/9/26
影 U
自分のいる風景を写真に取ってみた
僕の影が歩いている
A駅の前を
B町の懐かしいアパートの近くを
それはなくなった店もあるが
全体としてはそれほど変わってはいない町並み
コーヒー屋の看板 蕎麦やの店先
そして あなたと歩いた通り 交差点
そこを ゆらゆらと僕の影が歩きまわっている
目も耳も何にもない影が
フライパンの上の水滴のように歩きまわっている
影の足元からは生身の僕の姿が
歩道から車道へと 地面にはり付いて 長く伸びている
太陽の方向に向かって 長く伸びている
目も耳も何もかもある僕自身は
ただ影に引きずられながら
地面の上に ぬたーっと伸びているだけ
その上をときおり自動車が通り過ぎていく
どうせやってくるのは
僕を踏み付け突刺していく
不実の証のあなたの言葉
あなたがやってこないという事実の重み
立ち上がれたのは 僕の影だけ
そうして 影だけがせっせと町を歩き続けている
ある夜通りに伸びた僕は あなたの姿を見た
前から見ても後ろから見ても
背中しか見えない不思議なあなたの姿だった
89/11/10
旅(車窓にて)
車窓から 外は手でふれられない
見えているのに
そこにあるのに
とび去る 人 形
葬儀 久しぶりの旅の目的
いつもあてのない旅をしていた僕
目的地のない旅は寂しい
だから行く先があるのは
つかのまの休息
私がやさしかった日
人もやさしかった
みんなが笑い すべてが新鮮に輝いていた
20年のガラスの板が 間を隔て
やさしさは 触れられるものではなくなった
在るものは
存在するだけのものとなり
やさしさは 伝説となった
私もまた私の伝説となった
時のガラス板のくもりは ふいてもとれない
わたしがなつかしむように
やさしかった日々も
20年を越えて
私を懐かしんでいてくれるだろうか
雨上がりの朝
雲が切れ 陽が射し
ぶら下げられた 色とりどりの傘から
子供のにぎやかな声が聞こえてくる
これもまた 窓の向こう側
私は そっと涙する
私自身の唯一の目的地は
私の葬儀への参列
その日にむかって 今日も続く
私の一人旅
1993.11.14.10:30
ブランコ
スーッと前へ そして後ろへ
また前へ 後ろへ
前に行けば 君は大きく くっきりとなり
後ろへ下がって ほんの少し遠ざかっても
またすぐ前へ 君のそばへ
何億回となく続いてきた
決して変わらない 繰り返し
こうして二十五年揺れ続けてきた
私の心はブランコ
かって君も 私と一緒に揺れていたブランコ
君が降りて去っても
スーッと前へ そして後ろへ
書き割りのような景色の中に
君の姿だけは 鮮やかに 浮かび
いよいよ美しく 大きく 輝いて
何億回となく続いていく
私の心はブランコ
二度と降りることのないブランコ
過去へと続くブランコ
1998.1.24.
体と心
体が疲れたときは
石に腰をかければよい。
地べたに横になることも出来る。
心が疲れたとき、
座る石は ない。
横になる地べたをもたない者は、
ただ、疲れた体を 自分で支えることが出来るだけ。
年と共に重みを増す心
年と共に軽くなる体
心の重みは 足をつきたがり
浮かび上がろうとする体は ぎしぎしと音をたてる。
危ういバランスの中で 冬の旅は続く。
2003.8.28.